何十年もの間、彼女にとってあの家は、ただの我が家だった。わずか数時間のうちに、そこで築いてきたすべてに別れを告げなければならなくなった。
マリカルメン・アバスカルは87歳で、幼い頃からマドリードのレティーロ地区にある同じアパートに暮らしてきた。当初の賃貸契約は父親が結び、その後母親に引き継がれ、母親が2005年に亡くなった後、マリカルメン名義に変更された。
この八年間、彼女は物件を所有する会社と争っていた。同社は家を取り戻そうとしていた。要求された家賃は月額2,650ユーロに達し、その後1,650ユーロに引き下げられたが、それでも彼女の年金1,350ユーロを上回っていた。
2026年9月の立ち退きは、四度目の試みだった。何百人もの近隣住民や活動家が彼女を支援するために集まり、中には建物の階段で夜を明かす人もいた。彼女が家を出ずに済むよう、匿名で生涯にわたって家賃を支払うという申し出を含め、さまざまな提案もあったが、立ち退き命令を止めることはできなかった。
立ち退きがついに執行されると、マリカルメンは医療スタッフの手当てを受け、担架に横たわったまま建物を出て、病院へ向かった。その後、親族のもとに一時的に身を寄せることにした。
1956年、幼い少女だった彼女がくぐったその扉は、七十年後、彼女の背後で閉ざされた。今度は、戻ることができなかった。
